Home人文評論中国文化大革命の大宣伝[上・下]

中国文化大革命の大宣伝
中国文化大革命の大宣伝

判型 : A5判 並製
頁数 : 上592頁/下600頁
定価 : 各本体3,500円+税
発刊 : 2009年5月26日
ISBN : 上 978-4-87586-174-4 C0095
ISBN : 下 978-4-87586-175-1 C0095



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掲載情報

■読売新聞 2009.07.12
■日経新聞 2009.07.19
■東京新聞 2009.07.26

中国文化大革命の大宣伝[上・下]

草森紳一・著


プレゼンの天才・毛沢東の魔術を100万字で読み解きました。



コラムニストの天野祐吉氏は、この本を評して「毛沢東の文化大革命を“宣伝”という 視点からとらえ、ここまで執拗に紹介・解説した本は、世界にもまず例がない」と語っています。“最後の文人”草森紳一が、現代史最大の謎の一つ「文化大革命」に挑み、情報分析官さながらそのプロパガンダ(=プレゼンテーション)の一部始終を読み解いた上下巻計1200ページの大冊です。

 1960年代半ば、「文化大革命」の号令によって、3000万人が亡くなったとも言われています。権威が失墜しつつあった毛沢東は、中学生高校生を煽り立て、敵対勢力を一掃します。「司令部を砲撃せよ」とまで号令を発し、民衆はおろか国家元首までをもリンチにかけ、ついには殺害してしまいます。人々も「毛沢東万歳」を御旗の下、進んで破壊・殺戮を繰り返したのです。
 草森は「社会主義国家においてはすべてが宣伝である」と喝破しています。宣伝はいかに人をダマし、人はいかにダマされたのか──プロパガンダの手管を飽きることなく穿っていきます。
 草森は、「執筆時に頭によぎったことは、一見無関係でも、何か繋がりがあるはずだから書く」という主義で、本書も、学術的な文革論とは明確に一線を画しています。「ゴルゴ13」や、中国詩論、ユーモア論など縦横無尽です。そして、その先には悲劇の中にあっても“生き続けようと意志する”人間の姿が見えてくるはずです。  雑誌『広告批評』での足かけ11年の連載が待望の書籍化です。

【目次】
[上巻]
■宣伝体
毛沢東はなぜ70歳を超えて長江を泳いだのか?
■紅衛兵
中学生高校生は、毛の小さな兵士(孫悟空)になり、反対勢力を駆逐した。
■スローガン
プレゼンテーションの魔術師・毛沢東のひと言で、人々はたちまち暴徒と化した。
■下放
若者たちは、毛沢東が奪権し、用済みになると、草も生えない農村に駆逐され、使い捨てられた。
■米中外交
ニクソン訪中も、対外示威のために「宣伝」の具として使われた。
■林彪/四人組
毛沢東を利用し、のし上がろうとした者は、ことごとく敗れ、死ぬことになった。
■大義、親ヲ滅ス
文革は「革命」「毛沢東万歳」の大義の下、肉親をも告発させ、死へと至らしめた。
■毛主席万歳
「唯物主義」の社会主義の中で扇動を繰り返すことで、毛沢東は、神よりも偉くなった。
■万里の長城
田中角栄はなぜ、日中外交交渉の際に、万里の長城へ案内されたか?
[下巻]
■壁新聞
活字では決してありえない、肉筆による魔力がいかに人々を狂わせていったのか?
■筆蹟/肖像
毛の肖像は、さながら明治天皇の御真影で、犯すことはタブーだった。
■数詞の霊力
「数」がもつ不思議な力は、どのように民衆を惑わせていったのか?
■革命模範劇
芸術だって、しょせんはプロパガンダの具でしかなかった。
■中国文化遺産の発掘
中国四千年の歴史も、曲解され、プロパガンダへと利用された。
■天安門
毛沢東に反旗を翻す「反文革」の動きさえ、「反宣伝」であり、裏で糸が引かれていた。
本文より名フレーズ
……そもそも、宣伝は、成功か不成功かであって、善い宣伝悪い宣伝などというものはない。善悪の色をつけるのは、いつだって人間であって、しかも、それまた宣伝の種となるだけである。宣伝そのものは、むなしいまでに透明である。とすれば、成功不成功をめぐっての一喜一憂さえも、むなしい人間の判断にすぎないといえるが、それこそが「生きる」ということなのだろう。

……中国共産党のスローガンは、総じて抽象に終っている場合が多い5共産党独裁だから、そのままパスするが、自由主義諸国のPR観念からすれば、この抽象性は失格である。もともと民衆に抽象も具体もない。このような分別は、悪しきインテリの習性にすぎない。民衆のイメージは、抽象=具体、具体=抽象、つまり一体として受けとめる。

……中国人は、たかが人間のオリジナリティなどというものを信用しない。だから詩ひとつ作るにも、積極的に先人の語句を借りて構築する。これもまた「子々孫々無窮」の発想と通底している。問題は、借りかたであり、それによって自分の世界をつくりあげることだ。中国の引用術は、先人を尊ぶという要素の他に、自分の好きなように我田引水するという、冒涜的な要素とがせめぎあっている。

……根っからの唯物論者などいない。さきに唯心論があって、あとで唯物論がある。唯物論がさきということはない。つまり「天帝」が、毛沢東にかぎらず、さきにインプットされている。だから、もともと彼の中に眠っているものであり、彼やインテリよりも、唯物論者になりきれないでいる大衆をひっぱりこむためには、故意に神秘主義的な言葉を用いることもあった。「魂」などという言葉は、文革のスローガンに乱舞した。

……真っ赤な太陽、毛沢東、毛沢東思想、革命、大義。これらは、いっさいの惨酷を肯定し、あきらめを要求する。大会の写真などを見ると、観衆がニヤニヤしているのに気づく。これは人間の惨酷な側面をあらわしているというより、むしろ「あきらめ」からきた中途半端さのしるしとしての表情である。

……権力下の笑い話は、抵抗の精神という大仰なものでなく、むしろ調和の感覚である。笑わなければ、息が詰まりそうで、地上に立っていられないので、しかたなく笑うのである。だから、調和というより、むしろ平衡本能ともいうべきものである。それも、あくまでひそかにである。

……「毛沢東万歳」のスローガン化は、権力側の誘導によるものだが、それに応えるかどうかは、民衆の知恵に属す。応じるなら、政治宣伝の成功である。毛沢東神格化を認めてもよい、神とあがめてもよい、そのほうが生きやすい、という知恵が、「純真」という子供たちにも働いているといってよい。

……「なぜ、人々はこんな怪物のようになってしまったのだろう?」と疑問を発している。それは、案外、簡単なことなのかもしれない。はじめは、処世術、忠誠心、嫉妬、恐怖がそうさせるが、最終的には、人間のうちにあるもっと根源的な防衛の機能(本能)がそうさせ、一種の快楽にまで押しあげてしまうにすぎないのではないか。

……「わかりやすい」というのは、一つの詭計である。古今、あらゆる宣伝は、この「わかりやすい」というトリックを用いている。だが、この世に「わかりやすい」ものなど、あるはずもない。「わかりやすい」と思ったとしたら、はめられたのである。

……目的を自ら見いだすのでなく、他よりあたえなければ生きることのできない大半の人間は、「銭」を神とできずば、あらたなる「神」を欲しがる弱さをもっている。そのほうが、生きやすいからだ。毛沢東が、その弊を知りつつ、あえて自らの神格化を許したのは、数えあげることができぬ位、たくさん理由があるにしても、民衆が生きやすくなるという一面がある。いわば、愚民政策なのである。
【プロフィール】
草森紳一(くさもり・しんいち)
評論家。作家。1938年北海道帯広市生まれ。1961年、慶応大学中国文学科卒。婦人画報社で雑誌「メンズクラブ」「婦人画報」の編集者を務める。64年退社し、雑誌「美術手帖」にアンリ・ルッソー論「幼童の怪奇」発表。マンガからポップアート、広告、写真、中国文学など幅広い領域の文化史をテーマに執筆活動を続けた。 72年「江戸のデザイン」で翌年度の毎日出版文化賞受賞。 心不全のため東京都江東区の自宅で18日死去、70歳。

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